中国旅行記

2002 7月31日〜8月4日
ちょっとイイ旅 北京・西安・上海 5日間(名鉄観光)編



万里の長城

ナゼかラクダ

人力車

ギリギリセーフの飛行機

第4日目(2002/8/3)

 本日の予定は、昨日行く予定だった「万里の長城」「豫園(よえん)」「外灘(わいたん)」、そして夜は「上海雑伎団」です。

 中国に来てからと言うモノ、ハードスケジュールで連日とても朝が早いです。今日もモーニングコールam5:40、ホテル出発am7:00です。でも、朝早くても観光チームの活動は活発で、ホテルを出発するバスの群れは早朝だというのにひっきりなしです。

 「万里の長城(写真↑)」は北京市内から1時間程度離れています。大都市北京を離れると、風景は一変して山々が連なる景色になります。そして、しばらく行くと万里の頂上の一角が見えてきます。何せ全長は6000kmにも及ぶ大城壁で、宇宙空間から見える唯一の建造物と言われています。中国は日本の「1里」とは違う距離の数え方をするので、6000kmは「12,000華里(1km=2華里)」になり、それが「万里の長城」たる所以です。この長大な城壁を、紀元前に他国の侵入を防ぐために防壁として小国が作りました。それを中国を統一した秦の始皇帝がつなぎ合わせたモノです。エジプトのピラミッド同様、あまりにも規模が大きくて、仲野のちっぽけな頭の中では計ることのできないスケールでした。

 もちろん全てを観ることはできないので、いくつかのビューポイントからの観光になります。我々が行ったのは一番ポピュラーな「八達嶺長城(はったつれいちょうじょう)」です。城壁自体は山の上の方にあるので、そこまで登らなくてはならなくて、「男坂(急な坂)」と「女坂(緩い坂)」を選びます。初めてなので女坂を選んだのですが、この急なこと・・・。一部は45度の傾斜角度になっているところもあり、まるでジャンプ台のようです。そこを世界各国の観光客がひしめき合うように歩いていくのですが、結構危険を感じるレベルでした。男坂はさらに急勾配だそうですが、人混みがあまり無いので、逆に登りやすいかもしれません(同行ツアー客、中国4回目だという人が言っていました)。景色は大したものですが、どこも人が多く、写真も満足に撮れないレベルです。来るならシーズンオフがおすすめ。また、ロープウェイやロバを使って登るという手段もあるそうです。

 さぁ、北京での観光も終了。次は最終目的地、上海へのフライトです。だがしかしだがしかし、「万里の長城」から、北京空港までは1時間程度の距離のハズ、しかし、バスは時間を過ぎてもいっこうに空港には行きません。あげくバスの運ちゃんが、バスを降りて地元の人に道を聞いている始末。どうやら迷っている模様。何とか空港近くまで来るモノの、時間はフライトぎりぎりです。運ちゃんも信号無視をすること複数回、荒っぽい中国の道路でも、さらに激しい運転でハリウッド映画並みのドライビングテクニックを駆使します。何度か事故りそうになりながらも、ようやく空港着。ガイドさん(中国人のコウさん)も必死で、本当はすでにクローズしている航空会社カウンターに行き、何とかツアー客を潜り込ませてもらい、乗客がすでに座席に着いている飛行機にぞろぞろと乗り込み滑り込みセーフ。後で聞いた話ですが、中国は2008年のオリンピック目指して、高速道路や地下鉄、そして古い建物をことごとく壊し、新しい建物にする建設ラッシュだそうです。だから今回のように運ちゃんは1週間前に通って確認している道でも、次の週には通行止めや迂回路に変わっていたりして、今回のようなハプニングが起こります。何とかなったからイイようなモノの、ナカナカ大変な思い出です。


中国ケンタッキー

中国スターバックス

豫園

外灘

豫園楽器店

チャイナドレスのお姉ちゃん

上海の夜景

上海雑伎団

見送ってくれる団員


北京発11:40→上海着13:35中国東方航空

 中国は首都である北京が一番人口がいるのかと思いきや、一番は上海で、北京の1300万人に対し、上海は1600万人もいます。上海に着くと新たなガイド「王(おう)」さんがツアーに加わります。日本語がとても上手です。中国は今とても経済発展を遂げている国で、外国語として英語を小学校低学年から教えているそうで、結構話せる人が多いそうです。他にも日本語も大変多くの人が学んでいて、諸外国とのビジネスチャンスをつかもうとするエネルギーが感じられます。中国は社会主義ですが、今現在外国資本が多く流入し、「お金儲け」が中国人の一番の関心事だそうです。そのエネルギーを一番強く感じるのがここ上海です。上海中心地だけでも近未来の映画に出てきそうなビルが林立し、建設中のビルが所狭しと競い合って並んでします。

 上海では最初の目的地「豫園(よえん)」に行きます。豫園とは中国式庭園で、狭い敷地内に名石を集めたり、人口の川や池があったりします。でも、確かにここも見所ですが、自分の目指すは豫園の周りの「豫園商場」です。ここは、旧上海海城のエリアで、東京のアメ横、ソウルの東大門市場のようなにぎわいです。迷路になりそうに入り組んだ路地に所狭しと店が肩を並べ、お土産を中心として様々な商品が並びます。中国はどこもそうですが、定価があってないようなモノで、価格は交渉次第です。ここで、生徒のお土産の「しおり」を買ったのですが、ホテルで買う4分の1くらいまで負けてもらい、一枚2元程度で大量購入してきました。ちなみに前述したように、中国には外国資本が数多く入っており、この豫園にも「スターバックスコーヒー」や「マクドナルド」「ケンタッキー」と言った店を多く見ました。

 次は、上海で一番見たかった「外灘(わいたん)」です。上海は第二次世界大戦前、欧米各国の租界地が築かれたことから「東洋の魔都」と呼ばれ、アジアでもっとも危険な町と呼ばれていて、欧米各国が競って建物を建て、人を送り込んだ街です。「外灘」というのは、そうした昔ながらの建築物が今なお色濃く残る街です。だから、外灘を歩くと、まるでヨーロッパ(得にロンドン)の街に紛れ込んだかのような風景です。また、外灘と川を挟んだ対岸は、超近代建築の群れで昼だけではなくライトアップされた夜も綺麗なところです。

 でも、観光として廻るのには1日もあれば十分で、後は買い物や食事を楽しむ街です。昼食はショウロンポウや、上海料理です。

 夕食後は、上海雑伎団です。中国では毎晩のように、それぞれの街で代表的なショウを見ました。西安では「唐代舞踏ショー」、北京では「京劇」、そして、上海は「上海雑伎団」です。ガイドの王さんも言っていましたが、絶対に見て損はしないモノです。お客さんも満員で外人さんだけではなく、中国各地からやってきた人もいるそうです。劇場前も大型の観光バスがひしめき合い、多くの観客を運びます。自分たちもバスではナカナカ劇場にたどり着けないので、途中から歩いて劇場にはいるくらいの人混みでした。

 雑伎とは元々大道芸を集めたモノで、曲芸、手品など、演目は多岐にわたります。ただそのどれもが超一流のレベルで、アクロバットなど迫力満点です。最後は球状の鉄条網の中を、バイクで駆け回るサーカスモノなのですが、その迫力たるや、心臓に悪いくらいです。何せ狭い鉄条網の中をバイク4台が駆け回ります。一瞬のミスが大事故につながるきわどいモノでした。上海に行って「上海雑伎団」を見ずに帰るわけには行かない代物です。帰り際は、出口まで団員が見送りをしてくれます。シャッターチャンスです。近くで見るとみんな小柄で華奢な人ばかり。この人達があの絶技を見せてくれたかと思うと、さらに感動でした。

 観光としては、以上で中国は終了。明日は帰るばかりです。



ホテルからの風景

ガイドの王さん

ガイドのコウさん

中国西北航空

第5日目(2002/8/4)・最終日

 この日は今までで一番早く、am5:00モーニングコール。何せ空港にはam7:00についていたいモノですから、あわただしい朝になります。朝食はどこのホテルもそうでしたが、日本や欧米風のバイキングではなく、お粥や軽めの中華料理の並ぶ中国式の朝食です。悪くはないのですが、そろそろクロワッサンやコーヒーの朝食が懐かしくなってきています。

 上海空港で残ったお金を使い(お札は記念にちょっと残します。何せ日本では両替えできないので)中国を後にします。

 上海発8:25→新千歳空港12:30 (中国西北航空)時差1時間

 着後解散

 以上で5日間にわたるハードな中国旅行の終了。3.5時間という短時間でいける身近な国です。でも、ものすごくエネルギーがあり、一昔前の中国しか知らない人には、信じられないくらいの変貌を遂げている国です。海外旅行に何故行くのかと聞かれたら、迷わず「未知との遭遇を楽しむため」と答えますが、今まで11カ国を巡ってきましたが、行けば行くほど世界は面白く、新鮮は驚きや感動を与え続けてくれます。帰国すると毎回次はどこに行こうという海外への欲求が沸々とわき上がります。果たして次はどこの国のレポートを書くことやら・・・。

BACK    NEXT